暁闇の呪詛 下
崖から落ちたはずのレイアは、頭の痛みに呻いた。
地面が揺れている。それどころかレイアの全身も揺れていた。
その暖かく、生き物じみた感触にレイアはびくりと目を開く。
「……な」
「あ、レイア起きた? おはよ」
その呑気な声音は、レイアのよく知っているものだった。友人に背負われていることに内心ぎょっとしつつも、レイアは激しい頭痛の波に歯を食いしばる。
鉄紺色の髪のルシェドウはレイアを負ぶって、ラルジュ・バレ通りを北へのんびりと歩いていた。朝の陽射しが降り注ぎ、紫色の花畑が風にそよいでいる。
「……なにが」
レイアが低く唸ると、ルシェドウは軽く笑った。
「レイア、ヒトカゲと一緒に崖の下の沼に浮かんでたんだよ。マジでビビったし」
「……サラマンドラ」
「ヒトカゲは瀕死だったから、レイアのボールにしまっといた」
「……そうか」
ルシェドウの背で揺られながら、レイアは身じろいだ。
「下ろせ」
「だめだ。頭ケガしてるもん、レイア」
「歩けるから……」
「馬鹿言うな。それより、何があったか話せ」
ルシェドウは前を向いたままである。普段よりも、心なしか声のトーンが低かった。
レイアはむっとした。
「なに怒ってんだよ、てめぇ」
「誰が怒るか。むしろ広い心で助けてやってんじゃねーか」
「偉そうに。誰も助けてくれなんて言ってねぇよ」
「レイア、いい加減にしてくれ。負傷したトレーナーを保護するのも、事情を聴くのも俺の仕事なんだ」
そう言うルシェドウはやはり正面を向いたままであるし、その口調は静かでどこか刺々しい。
レイアはさらにむっとした。
「てめぇこそ、なんで通りかかってんだよ」
「仕事でレンリタウンに行く途中だったんだよ」
「……何の仕事だよ。俺、今度は手伝わねぇかんな」
「誰も手伝えなんて言ってねーよ。そもそも怪我人に手伝わせやしねーよ」
「……なあ、マジでなんで怒ってんの? 俺がお前の仕事を増やしたからか?」
レイアは図々しくルシェドウの肩のほうに体重をかけ、ルシェドウの顔を覗き込んだ。辛うじて見えたルシェドウの横顔は、大層な仏頂面であった。
ルシェドウは文句を言った。
「ったり前だろ。沼に浮かんでて怖いし汚いし重いし、散々じゃねぇか、レンリでの仕事前に俺まで着替えなきゃなんなくなったじゃねーか、ふざけんなレイアの馬鹿」
「あー……悪い……」
「ほんとなんで俺、こんなにしょっちゅうレイアに会う羽目になるんかな。しかも大体会うたんびに面倒なことに巻き込まれるし」
「そりゃこっちの台詞だ!」
レイアがルシェドウの耳元で怒鳴ると、ルシェドウは体を震わせた。
「うるっせーなー……。ミアレじゃ傷害事件起こされるし、フロストケイブじゃサクヤと一緒に死にかけるし、今度は何。俺をどんな面倒事に巻き込んでくれるんすかね?」
「俺も巻き込まれたんだ!」
「あーはいはい。耳元で叫ばないでくださいな。それで? レイアも巻き込まれたんだ?」
レイアは痛む頭を抱えつつ、思い出した。
赤髪の少年と、紅色のアブソルを。
「……夜明け前くらいにエイセツ出て、レンリに行こうとしたんだよ」
「うん」
「そしたらいきなり、紅いアブソルに襲われて」
「色違いか」
「そのままなし崩し的にバトルになったんだが」
「相手のトレーナーの名前とか、分かる?」
「名前は知らん。赤髪の男だった、俺と同い年くらいの」
レイアが腹立ちまぎれに吐き捨てると、ルシェドウは悲哀を込めて嘆息した。
それがあまりにもルシェドウらしからぬ所作だったため、レイアは眉を顰めた。
「……ルシェドウ?」
「ああ、いや、うん。切ねーなー」
「……何の話だ?」
「俺、そのトレーナーと知り合いだわ」
ルシェドウはぼそぼそと呟いた。
するとレイアは再び怒鳴った。
「おい、どこのどいつだ! ぶっ潰してやる!」
「ああもう、うるせーな。……駄目だレイア、関わるな。潰すって何だ? トキサさんの時と同じこと繰り返すのか?」
ルシェドウに諌められ、レイアの頭がいくぶんか冷える。
ついこの間、フウジョタウンでモチヅキにも諭されたばかりだった。たとえ悪に遭っても、レイアはポケモンの力で解決してはならない。悪を裁くのは大人であり、レイアではない。
あの赤髪のトレーナーのことも、ルシェドウをはじめとした大人に任せるしかないのだ。
レイアは歯を食いしばる。
「くそ……我慢しろってのか……!」
「そういうことだ。辛いだろうが、俺に任せてくれ」
「……てめぇに任せたら、あの野郎はどうなんだよ?」
レイアが低く尋ねると、ルシェドウはまたもや溜息をついた。
そしてルシェドウは、口の達者なレイアをそっと地上に下ろした。レンリタウンはもう近い。周囲では紫の花々が風に揺れ、微かに滝の音が聞こえてくる。
レイアは軽くふらつきつつも、しっかりと立った。ルシェドウを見上げる。
レイアの友人は、何ともいえない寂しげな眼でレイアを見つめていた。
「……どうにもならない」
「は?」
レイアは聞き返す。ルシェドウの発言の意味が解らなかった。
ルシェドウは低い声で補足した。
「だからな、そのレイアに怪我させたアブソルのトレーナーは、せいぜい注意されるだけだ」
「…………まあ、そうか。俺の傷も軽いもんな」
レイアも頷いた。
レイアの頬や腕や足にはアブソルに傷つけられた痕があり、それらに泥が入り込んで熱と痛みを持っている。頭も痛い。
けれど、けして重傷ではない。
軽傷だけならば、人に怪我をさせたとしてもトレーナーは全くお咎めなしなのだ。
ルシェドウは肩を竦めた。
「まあ、それもあるがな。でもそれだけじゃない。……それが、そのトレーナーの恐ろしいところでもあるんだよな」
「……どういう意味だ?」
「レイア、崖から落ちただろう? そのアブソルに攻撃されて落ちたのか? 思い出してみな」
レイアはルシェドウを見つめ、顔を顰めた。
「いや……崖が勝手に崩れて」
「だろうな。そんなことだろうと思ったさ。なあレイア、レイアが崖から落ちて、もし、仮に死んでしまったとしても、そのトレーナーは罰せられない」
「……おい、どういう意味だ」
レイアが顔を顰めて尋ねると、ルシェドウはレイアの両肩を掴んだ。真正面から見つめ合う。
「――榴火は、アブソルの災害感知の能力を利用して、人を災害に巻き込む」
ルシェドウはレイアをまっすぐに見つめ、低く囁いた。
レイアは重い舌で繰り返した。
「……榴火……」
「そう。名前だけは教えとくよ。俺はお前を信じてる。……レイア、榴火には関わるな。いいな。――殺されるぞ」
ルシェドウの鋭い眼差しに、レイアは数瞬たじろいだ。
「だから生きててくれてよかった」
そう早口にぼそりと呟くと、レイアがその一言の意味を理解する前に、ルシェドウはいつもの人好きのする笑顔を浮かべた。それから元気良くレイアの片手を掴み、ずんずんとレンリタウンへのゲートに向かって歩き出す。
「さっ、じゃあ早いとこポケセンに行かなくっちゃなー! レイアこのあと暇? っつーかもうお昼なんだよなー、どこで何食いたい?」
「……ルシェドウ」
「ルシェドウさん食っちゃ駄目っしょ!」
ルシェドウはけらけらと明るく笑い、戸惑うレイアをゲートに引っ張っていった。
そしてゲートを抜けると、二人は滝の音に包まれた。
ポケモンセンターに手持ちをすべて預けると、レイアはシャワーを借りて全身の泥を洗い落とし、衣服も洗濯に出す。レイアが予備の紺縞の浴衣に着替えてロビーに現れると、先に着替えだけ済ませてソファに腰かけていたルシェドウは吹き出した。
「うわっめっちゃクール!」
「なんだそりゃ……」
「いやーさすがはエンジュの名家のお坊ちゃん。さて、お怪我の手当てをさせていただきましょうねー」
ルシェドウはレイアをソファに座らせ、レイアの頭や腕や足についた諸々の切り傷を一つ一つ手当てしていった。消毒の痛みにレイアは唸る。
「はい我慢我慢。泣かないのよー」
「泣いてねぇ!」
「俺だってレイアが泣いたらドン引きするわ」
ルシェドウは軽く笑って、手早く手当てを終えた。そして痛みに顔を顰めているレイアの手を掴んで自分だけ立ち上がった。
「じゃ、お昼食べに行こっか!」
レイアはソファに座り込んだまま、眉を顰めてルシェドウを睨む。
「……お前、仕事は」
「いいのいいの。いいから。お腹すいたっしょ? なんか食べれば元気になるって!」
「…………悪い、お前だけで行ってくれ」
懸命に外へ誘い出そうとするルシェドウに断って、レイアはそろりと立ち上がった。軽くぽかんとしているルシェドウの隣をすり抜け、ポケモンセンターの病室の方へゆっくりと歩いていく。
すぐにルシェドウが早足で追いついてきた。
「……ヒトカゲ?」
「当たり前だ。相棒だぞ」
「……そうだったな。ごめん」
「別に」
レイアは広い病室に並べられた病床の中に、相棒の姿を求めた。
それはすぐに見つかった。
ヒトカゲが白いシーツの上で、ぐったりと丸くなって眠っていた。
「……サラマンドラ」
レイアは囁く。
ルシェドウもその傍に歩み寄り、静かに呟いた。
「俺が見つけた時、体が沼に浸かってて体温がだいぶ奪われてたんだ。尻尾の炎もかろうじてって感じで……でも、もう大丈夫みたいだな……」
「…………」
レイアは黙っていた。立ち尽くし、ときどき微かに喘ぐヒトカゲをひたすら凝視している。
ルシェドウはレイアをちらりと窺った。
「……レイア」
「……るせぇな。分かってるよ。……何もしねぇよ、しなけりゃいいんだろうが」
「レイア、俺でよければいくらでも愚痴でも何でも聞くから」
「うるさい。……うるさいな」
レイアは押し殺した声で呻いた。ルシェドウはそれきり口を閉ざしたが、病室を出ていくことはしなかった。
レイアとルシェドウはずっと、ヒトカゲを見下ろしていた。
日が暮れても、レイアのヒトカゲは目を覚まさなかった。
二人はとうとう昼食は食べ損ねたが、夕食はポケモンセンター内の食堂でとった。その後もヒトカゲの様子を見に行ったが、ヒトカゲの衰弱は激しいらしく、呼びかけても目を覚まさない。とうとう深夜になり、レイアとルシェドウは病室から追い出された。
「……レイア、俺、寝るけど」
結局その日じゅうレイアの傍にいたルシェドウが、そのように声をかける。ロビーのソファにぼんやりと沈んでいたレイアはちらりと視線を上げ、すぐに目を伏せた。
「勝手にしろ」
「レイア、ヒトカゲなら大丈夫だ。ジョーイさんもそう言ってただろ。もう遅いから、休め」
「ほっといてくれ。いちいち構うな鬱陶しい」
「分かった。おやすみ。……夜更かしはやめろよ、ろくなことを考えないからな」
ルシェドウはそれだけ静かに告げ、ロビーから出ていった。
夜も更け、ロビーのトレーナーの姿はまばらだった。ソファに寝転がったまま寝落ちしている者、本を読み耽っている者、夜行性のポケモンの遊びに付き合っている者。
レイアは目を閉じた。ヒトカゲ以外のポケモンもラルジュ・バレ通りでひとしきり戦闘を重ねていたため、レイアの手持ちは現在すべてポケモンセンターに預けてある。
「……丸腰」
モンスターボールを一つも身につけていない状況を、レイアはそう評してみた。しかし、この表現だとあたかもポケモンたちをただの武器か何かとしか見なしていないように思われる。
「…………独り」
レイアはぼんやりと、ポケモンセンターの外を見つめた。明るい内側に対して外は暗闇、窓の向こうは何も見えない。
しかし、不意にレイアの目の前の窓ガラスに、べたりと、赤いものが張り付いた。
「…………――っ!」
レイアは思わずびくりとして立ち上がった。赤いピアスが鳴る。
動悸が激しい。
レイアは窓に張り付いたそれを、凝視する。
赤髪の少年が、ポケモンセンターの窓に、外からべたりと顔面を張りつけて、にんまりと笑っていた。
レイアを見て、嗤っている。
レイアはたじろいだ。
「…………な」
窓ガラスにべたりと貼りついた榴火が、目を笑わせ、口だけを動かしている。
――し。ね。
レイアは思わず後ずさる。それを見て榴火はけたけたと笑い、外の夜闇に消えていった。
笑われた。
否、嘲笑われた。
死ね、と、そう呪われた。
レイアの脳裏に、ぐったりと眠るヒトカゲの姿が甦る。
榴火のアブソルが狙っていたのは、レイアだった。けれどアブソルの予知した崖崩れで、レイアとヒトカゲは崖から落ち、そしてレイアはどうにか軽傷で済んだが、ヒトカゲは目を覚まさない。
「……なんで……」
ここまであからさまに悪意を向けられた記憶は、レイアにはない。
「なんであいつ…………」
怖気が走る。なぜ、レンリにいる。いつレイアを見つけた。なぜレイアを呪った。
ルシェドウは、榴火に関わるなと言った。
なのに、向こうはレイアを見つけて追ってくる。嘲笑う。命を狙う。災いをもたらす。
怖い。
今、レイアのポケモンたちはレイアの傍にいない。レイアは独りだった。
養親や三人の片割れたちと別れ、一人旅を始めてから、少なくとも相棒のヒトカゲがレイアの傍にいない夜はなかった。あの甘えたがりのヒトカゲは毎晩のようにレイアの腕の中に潜り込み、きゅうきゅうと甘えた声を出しながら丸くなって、柔らかな灯火で温かく優しい眠りに誘ってくれた。なのに今ここにはいない。
傷ついて眠り込んでいる。
榴火と、紅いアブソルのせいで。
血の色がちらつく。
怖い。
腕や足についた切り傷が痛む。
レイアはふらふらと、ロビーのテレビの傍に行った。
他にもテレビを見ている人と適度な距離を保ちながら、明るい画面の傍に寄った。画面の向こうの呑気で陽気な空気に混じろうと、努力した。
けれど、目を閉じれば、赤がちらついて、怖い。
遠く、懐かしい昔を思い出す。
四つ子は崖の上でポケモンバトルごっこをしていて、そしてセッカが小さな崖から頭から落ちた。
レイアとキョウキとサクヤは、泣きながら、騎馬戦の要領でセッカを運び、ウズのいる家に連れて帰った。
四つ子の養親のウズが顔を真っ青にして、病院に連絡し、必死にセッカの傷の応急手当てをし、そしてセッカは病院に運ばれた。
あの夏の日。セッカは深夜になっても目を覚まさず、レイアとキョウキとサクヤは病室から追い出された。
三人は泣きながら家に帰った。
セッカが死ぬかと思った。
三人で泣きながら眠れぬ夜を過ごした。
しかしセッカは翌日の朝にはけろりとして目を覚まし、寝不足かつ泣きはらしたせいで物凄い不細工になっていたレイアとキョウキとサクヤを見て、爆笑した。
「ぎゃ――っはははははっはははははははっはっははっはははっげほっげほブフォッ」
「おいてめぇ、ふざけんな!」
「セッカぁぁぁぁー心配したよぉぉぉー……っ」
「馬鹿」
そして片割れの三人に三方向からくっつかれたセッカは、幸せそうにえへえへと笑っていた。
「あ、そうだ。れーやは無事だった?」
「レイアは無事だったよ。もう。セッカじゃなくてレイアが落ちればよかったのに。絶対レイアの方が丈夫だもん」
緑の着物のキョウキがむくれながら、優しくセッカの頭を撫でる。青い着物のサクヤも鼻を鳴らした。
「まったくその通りだな。これ以上セッカが馬鹿になったら困るのはこっちだからな」
「しゃくや酷い!」
セッカはサクヤの減らず口にぷぎゃぷぎゃと怒っていた。しかしセッカは赤い着物のレイアを見つめると、へにゃりと笑った。
「……えへへへへ」
「……なに笑ってんだよ」
「いやぁ、レイアが泣いてんの、久々に見たなぁと思ってさ」
「殴るぞ……」
「だめだよレイア、セッカがこれ以上お馬鹿になったらどうするのさ!」
キョウキが笑いながらレイアとセッカの間に割り込む。
セッカの寝台に腰かけたサクヤが、レイアを見やって鼻で笑った。
「こいつは昨日の夜も、一晩中めそめそしていた」
「いやてめぇもな」
「僕もセッカが死んじゃったらどうしようかと思って、ずっと泣いちゃってたよ。セッカが無事でよかった」
キョウキがふわりと笑い、セッカを抱きしめる。セッカもぎゅうとキョウキを抱きしめ返し、そしてレイアを見つめてにこりと笑う。
「俺はれーやが無事でよかった」
「……いや、こっちこそ」
「れーやは強くて頭いいけどさ、俺たちとおんなじだもんな。えへへへ」
「どういう意味だ」
「俺たちは、一緒だよ」
セッカは柔らかな風の中で綺麗に笑っていた。
不細工な顔のレイアとキョウキとサクヤは同時に吹き出した。
「馬鹿」
「馬鹿」
「馬鹿」
「なぜだ」
ポケモンセンターのロビーのソファで眠り込んでいたレイアは、朝の光に目を覚ます。
上階の宿に泊まっていたトレーナー達が起き出し、ロビーに集まってきつつあった。ポケモンのブラッシングをする者、ポケモンと共にランニングに出る者、さまざまである。
ソファで眠ったために凝ってしまった肩を回しつつ、レイアは立ち上がる。
そして、恐る恐る、件の窓を見やった。
美しい青空と、のどかな街並みだけが見えた。
レイアが病室に行くと、ヒトカゲは目を覚ましていた。
ヒトカゲは得体の知れない場所で目覚めてひどく戸惑ったらしく、病室の中、涙目できょろきょろしていた。しかしレイアの姿を見つけるなり、大ジャンプしてレイアに飛びついた。きゅううきゅううと鳴いて尻尾を振り、元気に火の粉を振りまいている。
レイアもヒトカゲを抱きしめ、笑った。
「あ、ヒトカゲちゃん起きたんだ!」
背後から聞こえてきたルシェドウの明るい声に、レイアとヒトカゲは振り返る。すると、なぜかルシェドウはがっかりした声を出した。
「ちょ、レイア、なんで反射的に笑顔消したのさ」
「は?」
「レイアの笑顔はヒトカゲ限定なわけ? ずるい!」
「何言ってんだてめぇ!」
レイアとルシェドウがぎゃあぎゃあ朝から騒いでいると、ジョーイに病室から追い出された。
預けていた他の手持ちたちも受け取り、着替えも済ませ、そして旅支度を済ませたレイアはヒトカゲを小脇に抱えた。
レイアと共にポケモンセンターを出ながら、ルシェドウが肩を竦める。
「もう行くの? レンリでゆっくりしてけば?」
「嫌だ。もう二度とここには来ねぇ」
不愛想に言い捨てたレイアに、ルシェドウはにやりと笑った。
「なに? お化けでも出た?」
「ああああああ――知らん知らん知らん。とにかくもう嫌だ。もう行く。さっさと行く」
「あっそー。レイアって意外とビビりなんだぁ」
「…………」
ヒトカゲを抱えたレイアは沈黙し、無表情でルシェドウを見つめた。するとルシェドウはなぜか慌て出した。
「えっ何なに? どしたのほんとにここ……出たの?」
「赤いのがな」
ぎゃー、とルシェドウは叫んだ。スプラッタは無理とか言っている。
レイアは苦笑する。
「……マジで頼むぞ、ルシェドウ」
「えっ?」
呆気にとられるルシェドウを置いて、滝の音を聞きながら、ヒトカゲを抱えたレイアは北西を目指して歩き出す。
レンリタウンに用事があるというルシェドウはレイアを追うに追えないらしく、レイアの背後でぎゃあぎゃあと何やら騒がしかった。
レイアはそそくさとゲートを越えてレンリタウンを出つつ、レイアの腕の中でおとなしくしているヒトカゲに話しかける。
「なあ、サラマンドラ。次アブソルに会ったら、逃げるぞ」
「かげぇ?」
「もうまっぴらだ。……独りは」
ゲートを抜け、18番道路のエトロワ・バレ通りに足を踏み出す。
朝日が眩しかった。
眼裏にちらつく赤を振り払い、レイアはヒトカゲを抱え直すと、北西を目指して歩き出した。