マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1415] 朝過夕改 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:37:59   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



朝過夕改 下



 迷いの森を引き返しながら、ウルップは呟く。
「この前、21番道路でも事故があっただろ。最近あれだな、騒がしいな」
「騒がしい?」
「あれだよ、ポケモンが暴れてるんだよ。あるいはトレーナーが暴れてるんだな」
 ウルップの声音は深刻そうではなかった。のんびりと大股に森を歩いている。
 レイアとセッカは同時に首を傾げた。
「分かるんすか? 自然災害じゃないって」
「そうだな。あれは、あれだ、人の仕業だ。でなければ村のポケモンたちがああまで怯える筈がねえからな」
「ふうん……」
 群れで襲い掛かってくるオーロットを、レイアのヒトカゲが炎で脅して追い払う。レイアはまた、腕の中に桃色のリボンをしたイーブイを抱えていた。
「珊瑚、つぶらな瞳」
 小さなイーブイは瞳を輝かせて、襲い掛かってくるすべてのポケモンを見つめ続ける。レイアは首を傾げた。
「……効果あんのかね? っていうか、ちゃんと習得できてんのか、これ?」
「あれだな、たしかに鳴き声とか尻尾を振るとか、変化技ってのは効果が分かりにくいよな」
 ウルップも唸る。
「だが、まああれだよ、たぶんできてるってことでいいと思うよ」
「ジムリーダーさんが仰るならそういう事で」
 レイアは小さなイーブイの頭をよしよしと撫でてやった。イーブイはぷうぷうと喜んでいる。
 襲い掛かってくるオーロットの群れを、レイアはヒトカゲとイーブイに次々と撃退させた。イーブイは相手をつぶらな瞳で見つめ、あるいはヒトカゲを手助けするばかりなのだが、バトルの場に出るだけでも経験値は得られる。
 そうして、何匹目かのモロバレルを追い払った時だった。
 ついにつぶらな瞳を完全に習得したイーブイが、眩い光を放ち始める。
「あ――っ、れーや! れーや! れーや!」
「うるせぇ。分かってる……」
 ぴゃいぴゃいと騒ぐセッカを制し、レイアはイーブイの進化を見守った。
 光の中、長いリボンのような触角が伸びる。
「ふぃあ!」
 光が弾け、桃色のリボンを巻いていたイーブイの珊瑚は、ニンフィアに進化していた。


 レイアは拳を握りこんだ。うまく二匹のイーブイをそれぞれエーフィとニンフィアに進化させることに成功したのだ。
「やったぞ珊瑚! おめでとう。やったな」
「ふぃあふぃーあ!」
 ニンフィアもふわりと軽やかに跳んで、レイアに飛びつく。ヒトカゲも笑顔でそれを見守っていた。
「しゅごい! れーやしゅごい! 完璧だ!」
 セッカも興奮して鼻息を荒くしていた。ウルップもうんうんと頷く。
「あれだよ、進化おめでとうだな」
「ありがとうございます、ウルップさん」
「うん。大切にしてあげるんだよ」
「もちろんっす」
 レイアはニンフィアを抱えて笑った。
 セッカも気合を入れる。
「俺もばんがって進化させないと! 出といで翡翠!」
 セッカもボールから緑のリボンのイーブイを繰り出す。
「いいかぁ翡翠、翡翠は草タイプに進化するんだぞ!」
「ふむ、いいタイミングだな。そろそろあれだよ、苔むした岩だよ」
 ウルップが指さす。
 セッカは大喜びで駆けだし、森の奥の苔に覆われた大岩に飛びついた。苔はひんやりとして柔らかい。
「よし、翡翠、ここでバトルやるぞ! 珊瑚に続け!」
「ぷい!」
 緑のリボンのイーブイは、苔むした岩の周りの草むらを音高く駆け回り、バトルの相手を探す。
 そして、草むらが揺れた。

「た!」
「ま!」
「げ!」
「た!」
「け!」

「……あっ……お前ら――!」
 セッカとイーブイの前に飛び出してきたのは、五体のタマゲタケの群れである。先ほど大木に潰されていたところをウルップに助けられた五体だった。
 セッカは途端に涙目になった。
「……だめ! 逃げて! お前らはもう、ゆっくり休んで……!」
「た!」
「ま!」
「げ!」
「た!」
「け!」
 しかしセッカの言葉に耳を貸さず、タマゲタケの群れは戦闘意欲を燃やしている。
 セッカは涙を拭いつつ、声を震わせた。
「だって俺……お前らには何もしてやれなくって……復活草だって出し惜しみして……っ」
「た!」
「ま!」
「げ!」
「た!」
「け!」
 五匹のタマゲタケは盛んに鳴きたて、イーブイを威嚇している。そしてセッカはとうとう顔を上げた。
「……わかった。お前らの気持ち、無駄にはしない! 行くぜ翡翠、ピカさんもアシスト頼む!」
「ぴかっちゃ!」
「ぷいい!」
 茶番は終わった。
 戦闘に集中したセッカは、ピカチュウとイーブイに指示を下し、容赦なくタマゲタケを追い散らす。
「はっはー! どーだタマゲタケども!」
 そして戦闘直前までのしおらしい態度はどこへか、セッカは胸を張って勝利を宣言する。その後ろでレイアとウルップはにやにやとそれを見ていた。
 緑のリボンのイーブイは初めての激しいバトルに息を切らし、苔むした岩の上でへたり込んだ。
 柔らかい苔にイーブイが頬ずりしたとき、イーブイは光を放ちだした。
 セッカがガッツポーズをする。
「来たっ! 来た来た来たぁ――っ! 行けぇ翡翠――!」
 木漏れ日が揺れる。
 木々がざわめき、緑のにおいが立つ。
 そうして緑陰に、リーフィアが降り立った。

 セッカは相好を崩した。
「やったよ翡翠――っ」
 進化したてのリーフィアにセッカが抱き付く。瑞々しい緑のにおいがする。
 セッカは満面の笑顔で、片割れとウルップを振り返った。
「やったよレイア! ついにやりました! ウルップさんも見て見て見てぇぇリーフィアだよぉぉぉ――」
「おー、やったなセッカ」
「うん、おめでとな。いいじゃねえか、お前さんもあれだ、そのうち、おれとバトルしに来なよ。楽しみだ」
「そのうち! 気が向いたら!」
 二人からの祝福を受け、セッカはリーフィアとピカチュウと一緒に、苔むした岩の周りを踊り狂った。


 それから間もなく、ウルップの案内で無事に迷いの森を抜け出し、ウルップと別れてレイアとセッカは機嫌よくポケモンセンターへ戻った。
 分厚い雲の上で太陽はほとんど沈みかけているらしく、世界は深い青に染まっていた。雪は止むことなく、街を白に閉ざしている。
 そうしてレイアとセッカが震えながらポケモンセンターに駆け込むと、そこには黒衣の仏頂面の人間が、ロビーのソファで膝を組んで二人を待ち受けていた。
「えっ」
「あれっ」
 裁判官のモチヅキだった。
 二人は目を点にした。

 モチヅキとは昨日、ハクダンシティで会ったばかりだ。
 レイアとセッカを追いかけてきたのだろうか。
 二人は混乱して、ポケモンセンターの入り口で立ち止まってしまっていた。
 モチヅキは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「無礼な。じろじろ見るな。座れ」
「……モチヅキさん、お一人で、ハクダンからエイセツに来たんすか?」
 セッカがぽかんとしつつ、そう尋ねる。
 モチヅキは自身の座っているソファの向かい側を顎で示した。
「いいから座れ。今日は一人で来た」
「……なんで」
 大人しく二人くっついてモチヅキの正面に腰を下ろしつつ、ぎこちなくレイアとセッカは視線を彷徨わせる。モチヅキがレイアとセッカの二人を追いかけてきたらしい事実に、二人とも違和感しか覚えない。
 珍しいことに、モチヅキはぶつぶつと文句を言った。
「まったく、勝手に消えおって。……まあいい」
 モチヅキは普段よりも早口だった。
「そなたら、暫し自粛せよ」
「何を?」
「――旅だ」
 レイアとセッカは目を見開いた。
「は?」
「えっ、なになに、何すかいきなり?」
「問題が生じた。……そなたら、妙なトレーナーに付きまとわれておろう。色違いのアブソルの」
 モチヅキは静かに、まっすぐ二人を見据えたまま呟く。
「なぜ知っている、などとは訊かぬことだ。簡単なこと、例のふざけたポケモン協会員が報せてきた」
「……ルシェドウか」
 レイアが唸る。セッカはあたふたとレイアとモチヅキを見比べていた。
「ねえ、ねえ、何なの? 俺ら、アブソルに付きまとわれてんの?」
「そういうことだ。だから暫し、カロスをうろつくのは自重してもらう。……レンリへ行け。電車でミアレを経由し、キナンに籠っておれ」
 突然のモチヅキからのそのような話に、レイアとセッカは戸惑っていた。
「……え、な、なんで? マジで、なんで? なんで急にそんな話になってんだよ?」
「黙れ。レンリにウズ殿がおられる。キナン行きは決定事項だ。従え」
「だから、なんで!」
「そなたらが問題にばかり巻き込まれるからだ」
 モチヅキは有無を言わさぬ、強い口調でそう言った。
 静かな声だったが、レイアもセッカも虚をつかれて一瞬黙り込む。
「ウズ殿は、そなたらを心配しておられる。ウズ殿はユディとかいう学生から、アブソルのトレーナーに付きまとわれるそなたらの話を聞き、随分と心配しておられた」
「……なんで」
「確かに、現在の研究によってアブソルが災いをもたらすというのは迷信に過ぎぬことが証明されてはいる。しかし、そなたら、少しはウズ殿の心労も和らげるよう努めよ」
 そうモチヅキはいつの間にか、いつものような説教口調である。
「私とて、今さらそなたらを幼き童として扱うのはどうかとも思う。しかし、今回だけは、大人しゅう従え。それは私も、かのポケモン協会員も同意見だ」
「ルシェドウか?」
「左様」
 モチヅキは早口に言い捨てた。
「詳細は協会員に聞くがいい。私からは話しとうない。……まったく」
 ルシェドウのことを思い出すだけで腹が立つのか、モチヅキは眉を顰めた。この黒衣の裁判官が感情をあらわにすることが珍しいので、レイアとセッカはにやついてそれを見ていた。
 モチヅキは二人を睨む。
「キョウキとサクヤの二人にも、レンリに来るよう言え。よいな。……しかと申し伝えた」
 そうしてモチヅキはさっさと立ち上がり、腹立たしげに足早に去っていった。


 レイアとヒトカゲ、そしてセッカとピカチュウは、ぼんやりとモチヅキの後ろ姿を見送った。
「なあセッカ、やっぱモチヅキってさ、サクヤと一緒にいる時以外、いっつもキレてね?」
「あ、れーやもそう思う?」
 まずはそうのんびりと感想を漏らした。
 それから二人は顔を見合わせた。
「レンリに来い、だってさ。どうする、れーや?」
「……俺、レンリにゃ行きたくねぇんだけど」
「どしたん。お化けでも出た?」
「赤いのがな」
 レイアがにやりと笑ってそう言い放ってやると、セッカはぴゃああと悲鳴を上げた。スプラッタは無理とか言っている。レイアはぼんやりと、セッカとルシェドウは似ているなと思った。
 だから、ルシェドウと友人になったのかもしれないとも思った。
 レイアはルシェドウとは、レンリタウンで別れたきりだ。そしてあのアブソルのトレーナーのこともルシェドウに任せたはずだが、なぜかクノエでもハクダンでも、そのトレーナーと遭遇してしまった。
 レイアはがしがしと頭を掻いた。
「……あー、わけわかんね」
「ねえねえれーや、どうすんのさ? これ、レンリ行かなかったらウズに無理心中されるパティーンだよね?」
 セッカはそわそわと、ウズの怒りを気にしている。
 レイアもぼんやりと頷いた。
「んだな。しゃーねぇ、行くか。レンリ」
「……い、いい行くの? ……赤いのが出るのに?」
「ばっかお前……俺がついてるだろ」
「ちょっやべ惚れる」
 セッカは笑ってレイアにくっついた。
 レイアもしばらく思考に耽っていたが、すぐにそれを放棄し、セッカの頭に軽く頭をぶつけた。


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