マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1413] 朝過夕改 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:34:06   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



朝過夕改 上



 衣擦れの音に、セッカは目を覚ます。枕元で、相棒のピカチュウが伸びをしている。
 レイアが着替えていた。
 縹に蘇芳の着物を重ねて、袴を着け、黒い被布を着る。身支度を整えると、レイアはぺたぺたと裸足で床を歩いて、セッカの顔を覗き込んだ。
「……んだよ、起きてんじゃん」
「起きてるよ。外、雪、すごくね?」
「まったくな」
 セッカはのんびりと寝返りを打つと、寝台の上で肘をつき、窓の外を覗き込む。
 空は一面灰色だ。
 そして大きな雪片が幾万も幾億も、音もなく降り注いでいる。
 エイセツシティの早朝は、静かだった。
 音が雪に呑まれる。
 ポケモンセンターの宿は温かい。セッカは降りしきる雪を見つめながら、贅沢に布団の中でもぞもぞしていた。するとレイアに布団を剥ぎ取られた。
「起きろや」
「やだエッチ!」
「知りません。全裸で同じ子宮に一緒にいた仲でしょうが。起きなさい」
「むう」
 セッカは仕方なく、のろのろと起き上がった。
 レイアとセッカがエイセツシティに来たのは、セッカのイーブイをリーフィアに進化させるためだ。つまりこの街に用事があるのはセッカだけで、レイアはそれに付き合ってくれているだけなのである。
 レイアはさっさとポケモンセンターのベッドを適当に整え、セッカの分まで荷物を整理している。セッカはもそもそと着替えを済ませた。
 そしてセッカはふとぼやいた。
「……なあレイア、なんで俺ら、お揃いの服着てんだろな?」
「知らねぇよ。ウズが量産しただけだろ」
「……だってさ、昔は四人を見分けやすいように、れーやは赤、きょっきょは緑、俺は黄、しゃくやは青の着物を着せられてたわけですよ? なんで今はお揃いなんすかね?」
「俺ら四人の性格がバラバラになって、ウズが見分けやすくなったからじゃね?」
「そういうもんかぁ」
 などとどうでもいい会話をしつつ、レイアとセッカは階下へ降りていった。


 エイセツシティは、年中凍り付いた街だ。
 長年この街でジムリーダーを務めているウルップの人柄に頼んで、ポケモンジムから漏れる冷気のため凍り付いたなどとのユーモア溢れる噂もまことしやかに語られているが、それはもちろん冗談である。フロストケイブ方面から流れ込んできた湿った空気が、17番道路のマンムーロードを通り抜け、谷間を抜けてこのエイセツシティにじかに流れ込み、この街を氷雪で覆っているのだ。
「でも実際、ジムの近くが一番寒くね?」
 セッカが朝食の温かいスープを、味噌汁の如く音を立てて啜りながらぼやく。レイアもパンをちぎりつつ答えた。
「いやお前、よく見ろよ、ジムって窪地にあるじゃねぇかよ。冷たい空気は下の方に溜まるから、ジムが寒いのは当たり前だ」
「そっかぁ。街で一番寒いところをジムにしてあげたんだな。ウルップさん超かっけぇ」
「だろ。ウルップさんはメチャクチャかっけぇんだぞ」
「他にはどこがかっこいいわけ?」
「そりゃお前、あれだよ…………これだよ!」
「わからん」
 セッカはハクダンジム以外のジムには挑戦していないため、ビオラを除いたジムリーダーの人柄は知らない。
 レイアは、はああと呆れたように大仰な動作で溜息をついた。
「お前、もうバッジ集めれば?」
「やだもん。貰える賞金減るし、支払う賞金増えるもん」
「大会に出れば、トレーナーから貰うよりも多額の賞金を貰えるだろうが」
「集めたくなったら集めるもん」
 セッカは取り合わなかった。ジムに世話にならずにここまでポケモンを強く育てたことは、セッカにとって誇りでもある。セッカにとってバッジを持つことは、人並みであるも同義なのだ。
「……あっそ。まあ好きにしな」
「うん、好きにするもん」
 セッカは気分を害したようだった。
 四つ子にとって、バトルに勝利し賞金を得ることは死活問題だ。一般的には各地のバッジを集め、ポケモンリーグに挑戦し多額の賞金を懸けて戦うようになる。そうしてバトルだけで十分生活できるようなトレーナーを目指すのだ。
 しかしセッカの金稼ぎ法は、特殊だった。ある意味では合法に実力を偽り、合法に多額の賞金をむしり取る。慣習という観点からみれば詐欺ともとれるような行為を、セッカは行っているのである。
 そのような稼ぎ方をするトレーナーを四つ子もセッカ以外に知らないから、それがおよそ一般的な方法ではないことはわかる。しかし、慣習的には詐欺ともとれるこの行為は、いつかポケモンリーグからも是正勧告が出されるともしれない。
 レイアがその可能性を示すと、セッカは鼻を鳴らした。
「バッジ制度なんて、ポケモンをバランスよく育てるためのものなのにさぁ。なんでそんな理由でバッジ取らされなきゃなんないのかねぇ」
「トレーナー間の公平を期すためだろ。真面目にトレーナーやれよ」
「へいへい。真面目真面目」
「……セッカお前、実はそんなに、バトル、好きじゃねぇのか?」
 レイアが問いかけると、セッカはパンをごくりと飲み込んだ。
「そだね」
 短くそう答えた。
レイアが目を見開く。
「マジか。……え、そうなんか」
「だって疲れるじゃん。ポケモンたちが傷つくのは見てて辛い。できるだけ仲間を傷つけないように考えつつ、相手を傷つける。俺のハートは傷だらけよ?」
「でも、ポケモンは戦い、強さを望む生き物だ。俺らはその習性を利用してるんだ」
「わかってるよ。俺はピカさんたちがいるから、戦うんだ。だから、俺自身のためには戦わない。……俺はピカさんたちのついでに生きている。いわゆる寄生生物なの」
 セッカは生パセリをもさもさと咀嚼した。
「パセリうめぇ」
「……よかったな」



 朝食を終えると、レイアとセッカはエイセツの南の20番道路、迷いの森の入り口に立った。道路と言いつつも自然のままにほとんど手が付けられていないから、道はあってないようなものであるし、頭上を樹冠に覆われた道は暗い。
 けれど森の中は温かく、ヨルノズクの声を聞きながら、二人はのんびりと森に入った。
 そして朝のうちに、見事に道を誤り、迷った。
 昼まで歩き続けて披露した二人は倒木に座り込む。
「ゾロアークに化かされてんじゃねぇの」
「あー、かもなー。どこだよ苔むした岩ー」
 レイアに抱えられていたヒトカゲと、セッカの肩に乗っていたピカチュウがぴょんと倒木から飛び降りる。
 二匹のポケモンが草むらをかき分け、木々の向こうに跳ねていくのを、レイアとセッカはぼんやりと眺め、それからそろそろと立ち上がって二匹を追いかけた。
 道とは思えないほどの細い道を通り、枝葉をかき分け、小さな空き地に出た。

 そこには、大男が屈み込んでいた。水色の上着を肩に掛けた、恰幅のいい壮年の男性である。
 レイアは早足になり、男に駆け寄った。
「……ウルップさん? 大丈夫っすか!」
「ん? ああ、あれだよ」
 レイアの声に、壮年の男はのんびりと屈んだまま振り返った。
 銀髪に銀の髭、そして上着の下はタンクトップである。豊かな腹のせいで屈み込むのがきつそうだった。
 ウルップはレイアを見上げた。
「ええとね、あれ、あれだよ。これだよ」
 セッカが焦れて叫ぶ。
「――どれっすか!」
「タマゲタケだな」
 ウルップは視線を戻した。レイアとセッカもウルップの大きな体の向こうを覗き込み、息を呑んだ。
 巨大な樹木が根こそぎ倒れ、タマゲタケの群れが押しつぶされていた。


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