マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1384] 午後の騒擾 中 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/10(Tue) 22:07:10   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



午後の騒擾 中



 他に人の姿もないボール工場の休憩室に、セッカとキョウキ、ユディは入った。
 備え付けられているベンチにセッカがどすりと腰を下ろし、その肩からピカチュウが跳び下りる。セッカは大きく伸びをした。
 セッカの隣には、先ほどとは打って変わって寡黙がちなユディが静かに腰を下ろす。
 さらにキョウキが、自動販売機で買ったサイコソーダを二人に配ると、キョウキもソファに腰を下ろした。そして頭上のフシギダネをそっと膝の上に下ろすと、穏やかに楽しげに話し始めた。
「さっきのユディ、楽しそうだったねぇ」
「……いや、キョウキの言う通り、場所柄をわきまえない発言だったと反省している……。思ったことを何でもかんでも喋る癖、直さないとな」
「僕はユディが楽しそうなら、それでいいけどね。僕もあの案内係さんの言い分は変だと思ったし」
「……俺も、自分が言ったことは間違ってはいないと思うけど。いや、でも、場所を選ぶのって大事だよな……」
 ユディはサイコソーダのボトルを握りしめ、軽く項垂れていた。セッカはその隣で、ピカチュウと分け合いつつサイコソーダをちびちびと舐めている。
 キョウキのフシギダネが、その伸ばした蔓でサイコソーダの蓋を開けたところで、休憩室にはロフェッカが戻ってきた。


 大男は朗らかな声をかけてくる。
「おうガキども、お疲れさん。工場見学は楽しかったかぁ?」
「ぜんっぜん。見てもよく分かんなかった! ユディと案内係さんは口喧嘩始めちゃうし、もうよく分かんない!」
「ありゃまぁ……そりゃ災難だったな?」
 ぷうぷうと文句を言うセッカに、ロフェッカも苦笑するしかない。キョウキはロフェッカに笑いかける。
「ロフェッカもお疲れ。もう仕事は終わったのかな?」
「おお。あとはお前らがいいっつーまで付き合おうかと思ったんだが、なんかもう既にだいぶ退屈してるみてぇだな。……どうする? 帰るか?」
 そしてロフェッカとキョウキが振り返ると、ピカチュウにサイコソーダを飲ませているセッカは、いかにも退屈そうに足をぷらぷらと前後に揺らしていた。ユディはサイコソーダを口につけたまま思考に沈んでいるようだった。
 ロフェッカとキョウキは顔を見合わせた。
「帰るか」
「そうだね」
 そしてロフェッカとキョウキは、セッカとユディを立ち上がらせようとした。


 しかしその時、休憩室に工場の職員が飛び込んできた。まっすぐロフェッカに歩み寄ってくる。
「ロフェッカさん、少々問題が」
「お、なんだ?」
「あの……その、工場外でデモと言いますか、暴動と言いますか……」
「暴動だぁ?」
 職員が告げた内容に、ロフェッカが眉を上げる。
 セッカもキョウキもユディも顔を上げた。
「……さっき、工場の外にいた奴ら?」
 すぐにそれを思い出したセッカに、キョウキがぽんと手を打ち、ユディも頷いた。
「あ、そうだったね、そんな人たちが外にいたね」
「観光客じゃなかったのか……」
 工場の職員は慌ただしく休憩室から立ち去っていく。ロフェッカは、ベンチに腰を下ろしている若者三人を見下ろした。
「っつーわけだ、今は外に出るのは危険だ」
「なあなあおっさん、暴動って何? 何が起きてんの? 見てきちゃだめ?」
 セッカが非常事態に、目を輝かせてロフェッカに詰め寄る。
 ロフェッカは渋い顔をした。
「だぁめだ、セッカ。暴動起こしてんのは“反ポケモン派”や、“ポケモン愛護派”の連中よ。そんな奴らの前に、工場の中からポケモントレーナーが出てってみろや、あっちゅー間に金属バットだかバールだかで撲殺されっぞ」
 諭すロフェッカに、セッカは頬を膨らませる。
「ちょっとだけだもん。アギトに乗って見に行くもん。っていうか、早くおうちに帰りたい!」
「落ち着け、セッカ」
「やだもん! おうち帰るもん!」
 セッカは緊張感もなく駄々をこね始めた。
 ロフェッカとユディは顔を見合わせ、キョウキは静かに溜息をついた。
「……工場の裏口から、こけもすに乗って脱出とかできないかな?」
「そう、そうしよ! きょっきょのこけもすで飛んで逃げよう!」
 セッカは目を輝かせた。キョウキのプテラは非常に強い力を持っている。四人全員を同時にというわけにはいかないが、二、三人ずつならば、人力では届かない上空を通って、ボール工場から抜け出せるかもしれない。
 ユディも困り果てたように、ロフェッカを見やった。
「どうしましょう、ロフェッカさん。危険ではないでしょうか」
「……今、警察や警備隊が暴動を食い止めてるとこなんだよ。下手に刺激はしたくねぇんだよな。俺はおとなしくここに残るって方に賛成だ」
「おっさん、コイルとドクロッグしか持ってないからなー」
 セッカがロフェッカを鼻で笑う。ロフェッカを、自力では脱出もできない駄目な大人とみなしているのである。
 しかし、キョウキもプテラでの脱出にはそれほど乗り気ではないようだった。ほやほやとした笑みを浮かべつつも、ベンチから積極的に動こうという気配は見えない。
 ユディは嘆息した。
「俺も、ルカリオとジヘッドしか持ってないよ。それに、ロフェッカさんに工場に連れてきていただいたのに、ロフェッカさんに迷惑かけるようなことはしたくないし。セッカ、おとなしく状況が収まるまでここにいよう?」
 セッカは顔を歪める。セッカにとってユディの言うことは絶対だ。ユディが否というならば、おとなしくしている方が賢明なのだろう。
 セッカは不貞腐れ、ピカチュウを抱え込んで背を丸める。
 とりあえずセッカの暴走は免れた気配に、キョウキもロフェッカもユディも息をついた。


 ボール工場の周辺では、暴動が発生している。静かな休憩室で耳を澄ますと、慌ただしく走り回る数人の足音、そして微かな唸り声のような喧騒が響いてきた。
「……なんか、すげぇ怒鳴ってる……?」
 セッカは目を閉じている。その腕の中でピカチュウが神経質に耳をぴくぴく動かしていた。
「怒ってるなー……なんで怒ってんのかな?」
「ここがボール工場だからよ」
 ロフェッカもまた大きな体躯をベンチの上に休めていた。手を組みつつ、にやりと髭面で笑んでセッカを見つめている。
「暴動を起こしてんのは、“反ポケモン派”と“ポケモン愛護派”の連中だ。反ポケモン派はポケモンを保護するボールなんかぶっ壊しちまえと考えてるし、ポケモン愛護派はポケモンを捕まえるボールなんかぶっ壊しちまえと考えてる」
「……要は、ボールが嫌いな人たちが外で騒いでんだな?」
「おうよ」
 セッカはふんふんと頷いた。
 ロフェッカは退屈を紛らわすように、何やら呟いている。
「ボールって何なんだろうな? 初めは、凶暴なポケモンを取り押さえるための道具だったかもしれねぇ。現代だと、気に行ったポケモンを仲間にするための道具って言えるのかもな」
「しかし、反ポケモン派はポケモンを保護する道具だと考えてますし、ポケモン愛護派はポケモンの自由を奪う道具だと考えてます」
 ユディが相槌を打つ。キョウキはのんびりとそれを聞いている。セッカは既に話についていけず、ぼんやりと宙を見つめていた。
「ボールを通したポケモンの関わり方なんて、人それぞれなのにな」
「ボールによる捕獲はただの手段であり、目的ではありませんよね。なのに彼らは、ボールを使うこと即ち悪しきことと考えています。……まあ、トレーナーのせいで絶望に陥った方々には、そう思われるのもやむを得ないかもしれませんが」
「そうさな」
「やはり、今の制度では限界があるんです。不満が膨張して、そのたびにポケモンの力で鎮圧していては、いつか破綻します」
 騒ぎが一段と大きくなったような気がした。
 ユディはそれに気付かないかのように、床を見つめたまま、早口だった。
「せめて、無償教育の拡充を。そして社会制度の見直しを。反ポケモン派のような人々の意見も受容しつつ、ボールの使い方というものを若いトレーナーにも広く考えさせて……」
 その時だった。
 工場内のスピーカーから、放送が響き渡った。
『緊急事態です。工場外の暴徒の一部が、工場内に突入してきました。工場内のお客様は、係員の指示に従い、避難してください』
「おっと、やべぇ。逃げるか」
 ロフェッカは軽い調子で立ち上がった。
 セッカとキョウキとユディもそれに倣った。


 どこからか、叫び声が聞こえてくる。
 警告の放送が流れては、休憩室にいたセッカもキョウキもロフェッカもユディも、これ以上はのんびりとしているわけにもいかない。正面玄関から遠い方へ、展示室の方へと移動する。
 ピカチュウを肩に乗せたセッカがぼやく。
「なんだよもう……ボール工場って物騒なとこだなぁ」
 フシギダネを頭に乗せた緑の被衣のキョウキが笑う。
「まあ、ボール工場なんて、まさに反ポケモン派やポケモン愛護派にとっては、諸悪の根源たる施設だよねぇ」
 “反ポケモン派”は、そもそもボールでポケモンを捕まえるくらいならばポケモンを絶滅させるべきだという過激な思想にも発展しうる、極左の団体である。
 そして“ポケモン愛護派”は、ポケモンをボールで捕らえることそのものに反発し、ポケモンは自然のままにすべきだと考える団体である。
 反ポケモン派とポケモン愛護派は、互いにも激しく対立しあう勢力ではある。
 しかし、『ボール工場』という施設に対する嫌悪感という点では、この二つの勢力は結束し得た。
 ボール工場は、モンスターボールを作る。モンスターボールを使用するのは、ポケモントレーナーである。
 そしてポケモントレーナーを支援しているのは、現政権、そして“ポケモン利用派”とでもいうべき右派団体。必ずしも文字通りに『ポケモンを利用しよう』と考えている必要はない。現行法に従い、ポケモンセンターを利用し、モンスターボールでポケモンを捕獲する者は、全員“ポケモン利用派”である。
 だから、セッカもキョウキもロフェッカもユディも、“反ポケモン派”や“ポケモン愛護派”の敵たりえた。
 “ポケモン利用派”を代表するポケモン協会の職員であるロフェッカには、前途あるポケモントレーナーを守る義務がある。非常事態に動揺する若者三人をとりまとめ、ボール工場の裏口へと導いた。
「おら、ここだ!」
「ロフェッカ、ボール工場に詳しいね」
「ったりめぇだ、ポケモン協会の大のお得意様だかんな!」
 口調はのんびりとしているキョウキの背を押し、開錠された非常扉へと押しやる。
 キョウキは扉を押し開けた。西向きの非常扉は、橙色の斜陽を投げかける。
 突如、奇声が襲い掛かってきた。
「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「――ふしやまさん!」
 さすがに顔を強張らせ、キョウキが叫ぶ。フシギダネが咄嗟に蔓を伸ばし、キョウキ目がけて振り下ろされた金属バットを受け止めた。バットはキョウキの額すれすれで止まった。
 キョウキは目を見開いたまま、固い声で反射的に指示を飛ばす。
「ふしやまさん、眠り粉」
「ふしー」
 フシギダネが、夕日に煌めく眠り粉を背中の種から噴射する。キョウキに襲い掛かってきた金属バットの男をふらつかせ、そして眠りに陥れた。
 キョウキは動悸の激しいまま、眠り込んでいる男を見下ろす。
「……ああ……びっくりした……」
「きょっきょ!」
「大丈夫だよ、セッカ……いや、大丈夫じゃなさそうだよ」
 キョウキの背後の非常扉から、セッカとピカチュウがひょっこりと顔を出す。そして、セッカはぎょっと目を見開いた。
フシギダネを頭に乗せたキョウキも、ふうと溜息をつく。
「……完全に包囲されてるじゃないか、ロフェッカ」
 ボール工場の裏には、それぞれ旗だの弾幕だの鈍器だのを手にした、揃いのTシャツの群集がいた。非常口に目をつけ、そこから飛び出してくる工場の人間を待ち伏せにしていたのだ。
 彼らは口々に叫ぶ。
「トレーナーだ!」
「トレーナーだ!」
「ぶちのめせ!」
「傲慢な野蛮人だ!」
「未開人!」
 口々に、キョウキとフシギダネ、セッカとピカチュウを罵る。
 二人は呆気にとられてしまった。
ぼんやりと言葉を発する。
「セッカ、僕、こんな風に罵られたの、初めてかも。野蛮人、だって……」
「おお……俺もだよ、キョウキ」
「トレーナーって、こんなに嫌われる職業だったんだねぇ。初めて知ったよ」
「俺も……」
 セッカが口を噤む。キョウキも口を噤む。二人は思い出した。
 嘘だ。
 自分たちは嫌われてしかるべき人間だ。
 ミアレシティのローズ広場で、爆発に巻き込まれて吹っ飛んだエリートトレーナーの姿が、脳裏にまざまざと思い出される。
 トレーナーは、憎まれるべき存在だ。
 なぜなら、今も、四つ子は、自由に、のうのうと、旅をしている。


「キョウキ、セッカ! 大丈夫か!」
 茫然としていた二人を現実に呼び戻したのは、幼馴染の声だった。
 我に返ったキョウキが、背後のユディの状況を伝える。
「……ユディ、ロフェッカ。裏口も駄目だよ、囲まれてる……」
「プテラでも逃げられないのか!」
 緑の被衣のキョウキは笑みを消して、怒れる群衆をまじまじと見つめていた。ユディの問いかけもほとんど耳に入っていない様子である。
「……なんかこの人たち、すごく殺気立ってる、って言ったらいいのかな……」
「……俺ら……ここから逃げちゃっていいのかな?」
 セッカが俯いてぽつりと呟く。
 ユディは幼馴染の四つ子の片割れたちを叱咤した。
「今さら何を言ってんだ! お前らがアホなのは知ってたが、ここまでとはな! 何のためにポケモン持ってんだ、お前らは! 自分の身を守るために戦えよ!」
「でもユディ……この人たち、ポケモン持ってないよ!」
 セッカが言い返す。周囲の喧騒の中、声を張り上げる。
「ポケモン持ってない人を、ポケモンで攻撃しろっての!?」
「ならセッカ、お前は金属バットでも持ってんのかよ!」
 ユディが激しく怒鳴る。その怒声にセッカは小さく身を縮めた。
 ユディは声を落とし、ゆっくりとセッカとキョウキに言い聞かせる。
「重傷さえ、負わせなければいいんだ。大丈夫だ。威嚇して、隙見て逃げろ。……大丈夫だから、セッカ、キョウキ」
 そう、いつもの穏やかな声で語りかける。
 キョウキは息をつくと、意を決したように群衆を睨んだ。そしてフシギダネに静かに指示する。
「……ふしやまさん、眠り粉」
 フシギダネが、さらに大量の眠り粉を発する。群衆は手にしていた弾幕を振り回すなどして眠り粉を避けようとしたが、細かい粒子は人々を逃がさない。
 キョウキは続けて、プテラをボールから出した。プテラの羽ばたきが、非常口の周囲から眠り粉を吹き払う。
「こけもす……ウズの家に連れて行ってくれ」
 そう声をかけつつ、フシギダネを頭に乗せた緑の被衣のキョウキは、ピカチュウを肩に乗せたセッカに手を伸べ、二人で息を合わせてプテラの背に飛び乗る。
 さらにキョウキは声を張り上げた。
「ユディ、ロフェッカ!」
 その声に、学生とポケモン協会職員も非常口から姿を現す。
 眠り粉を吸い込んだ群衆の意識は朦朧として、動くこともままならなかった。
 上昇したプテラは、ユディとロフェッカを両足の爪で捕らえると、四人のトレーナーを空に攫った。そして翼を広げ、大きく羽ばたき、南下した。


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