マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1410] 日進月歩 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:29:46   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



日進月歩 上



 ミアレシティ北東にのびる16番道路は、トリスト通りとも呼ばれる。
 ミアレ近郊に存在する釣りの名所として、知る人ぞ知る有名な道路である。特にバスラオがよく釣れるのだ。
 フロストケイブから湧き出た水は、フウジョタウン、15番道路を経由してこの16番道路に流れ込み、湖を形成している。フロストケイブで生まれたバスラオが川を下り、この16番道路の湖に辿り着くころには、若々しく力強い魚ポケモンに成長しているというわけである。
 咲き誇る黄色の花畑、流れ落ちる滝、そして湖上に架け渡された桟橋の上で穏やかに釣り糸を垂れる釣り人。また、色づいた木々の林は分厚い落ち葉の絨毯を作り、その林の中を散策するだけでも楽しい。
 フシギダネを緑の被衣ごと被いたキョウキと、青い領巾を袖に絡めた腕でゼニガメを抱えたサクヤは、二人並んでこのトリスト通りを北東に向かっていた。日は高く、空気も暖かく、歩くのが気持ちいい日和である。
「釣りというのは、バスラオばかり釣るものなのか?」
 サクヤが尋ねる。
「まあ、フロストケイブ系の川で釣れるのはほとんどバスラオじゃないかなぁ」
 キョウキがのんびりと答える。
 サクヤがなおも疑問を投げかける。
「バスラオには青筋と赤筋がいるそうだが、何か違うのか?」
「さあ。僕ら人間に白い肌と黒い肌があるってくらいの意味じゃないの?」
「筋の色ごとに群れを作り、違う色の群れとはいがみ合うらしい」
「人に似てるかもね。同じ種族なのに、違いが許せないのかな。……よく分かんないな。僕らは同じだからね」
「お前の言う“人”とは、僕ら四人のみを指すのか?」
「少なくとも僕には、僕ら四人だけで十分だとしか思えないよ」
 フシギダネはのんびりと目を閉じ、キョウキの頭の上で日向ぼっこをしている。
 ゼニガメはやがて飽きて、川に飛び込んだ。見事な滝登りを見せている。キョウキとサクヤはゼニガメを追うような形で、北東へと川岸の林中を歩いていた。
 川面には色づいた木の葉が散り、水上に錦を織りなし、これもまた風情ある景色である。
 サクヤはキョウキに問う。
「ならお前は、世の中に人間は僕ら四人だけになればいいというのか?」
「どうだろう。食料を作ってくれる人がいると便利かな。服も。家も」
「四人だけの世界か。どんなものだろうな」
「僕はよく想像するよ。山奥に、僕ら四人だけで隠遁するのさ」
「今の旅の生活と何が違う? どうせ金銭を求めてバトルをするほかないのに?」
「ただの幻想さ。何者にも脅かされない、静かな世界……」
「お前は結局、人が嫌いなだけか」
「人は嫌いだよ。でも、レイアやセッカやサクヤのことは大好きだよ」
「知っている」
「うん」
 そこで二人はふと黙り込んだ。
 キョウキがふとうっとりとした声を出す。
「……ふふ、俺俺組はうまくやってるかなぁ」
「あいつらのことか」
「僕らは僕僕組だよね」
「そういうことになるか」
「なんで僕らの一人称って、こんな風になったんだろうね?」
「昔は四人とも、モチヅキ様やウズ様と同じ『私』という一人称だったはずだが」
「そうだ、ユディに釣られたんだよ。ユディが昔自分のことを『僕』って言ってたから、あの時僕らは四人とも一人称が『僕』になったんだよ。やがてユディがイキって『俺』を使い出すようになって、レイアとセッカだけ釣られたんだ」
「釣りの名所だけにな」
 キョウキは吹き出した。呆れて、サクヤに向かって苦笑する。
「……ナンセンスだね?」
「黙れ」
 キョウキとサクヤは、ゆるゆると会話を続ける。
 キョウキは柔らかな笑みを浮かべ、サクヤは澄ました表情ながら、言葉は流れる川の水のように淀みない。
「昔は一人称も『私』だったし、髪の毛も伸ばしてたから、女としか思われなかったよね」
「そうだな。一人称を変えて、髪も切った後は、割と男だと思われるようになったな」
「で、結局どっちなんだろうね」
「何が」
「僕らの性別さ」
 キョウキとサクヤは一瞬だけ顔を見合わせた。しかし足を止めることなく、すぐに前を向く。
 サクヤが呟く。
「……胸はないな」
「でも髭も生えてこないし、声も変わらないし」
「かといって、女に来るものもない」
「サクヤ、ちょっと下世話なこと尋ねてもいい?」
「却下だ。お前に有るものは有るし、無いものは無い」
「よくわかんないな。僕らって男なのかな、女なのかな」
「レイアとセッカと同じだろう。以上」
「ねえサクヤ。よく考えてみたらさ、僕、ウズやモチヅキさんやルシェドウさんの性別も、知らないんだよね……。サクヤは知ってる?」
「……いや」
 そこで二人は黙り込んだ。
 なぜ自分たちの身内や知り合いには、こうも性別不明が多いのだろうかと大いに悩んだ。
 しかし自分たちの性別さえ分からないのだから、どうでもいいかとも思った。
 川岸の林を遡っているうちに、いつの間にか15番道路のブラン通りに入ったらしい。
「もうすぐフウジョタウンかな」
「だろうな。廃墟が見えてきた」
「いわくつきのホテルかぁ。不良のたまり場になってるし、早く撤去すればいいのにね」
「所有権云々の権利が絡んで、そう強制撤去もできないんじゃないか」
「それより、何か呪いがかけられたりしてるとか」
「面倒だな。ゴーストタイプは本気を出すと何をしでかすかわからん。厄介だ」
 言い合いつつ二人は荒れ果てたホテルを素通りし、フウジョタウンに入った。


 フウジョタウンは涼しく、空は快晴である。南のポケモンリーグから吹き降ろす風は強く、街のシンボルである北の風車はゆったりと大きく回転していた。
 街の南には畑が広がり、冷涼な気候でも育つ穀物や野菜が育てられている。フウジョの土壌は肥沃で、昔から多くの作物がとれた。乾燥した気候において草ばかりが生え、その草が枯れる冬は寒冷であり、有機物の分解が進まない。そうした年月を重ねて肥沃な黒土が生まれるのだ。
 フロストケイブから流れ込む水がまた豊かな作物を作り、下流の森林を育んでは豊富な燃料や肥料をもたらした。フウジョは穀物を作り、それを風車を動力とした臼で挽いて粉にし、日々の糧たるパンを焼く。伝統ある営みだ。
 フウジョで作られた作物は、多くが近郊の大都市ミアレシティへ出荷され消費されることになる。フウジョは大都市、あるいはカロス全体を支える重要な穀倉地帯である。
「なんかさぁ、僕、フウジョって好きなんだ。こう、穀物畑が一面に広がって」
 緑の被衣のキョウキが、ポケモンセンターの近くで立ち止まり、穀倉地帯を見つめている。青い領巾のサクヤも頷いてやった。
「……他の都市は、観光とトレーナー誘致にばかり力を入れているからな」
「そう。自然や建造物といった観光資源も、それは確かに美しいよ。でもだよ、やっぱりこう、農業って、命に直接繋がってるって意味で、美しいよね」
「……きのみ畑とかメェール牧場とか好きそうだな、お前」
「うん。やっぱり、モノに飢えてるからかなぁ。物資の豊かな農業牧畜には憧れる」
「移動型の狩猟民族より、定住型の農耕民族になりたいというわけか……」
「それが人類の歴史だよね。ほんとトレーナーなんてさ、時代に逆行してるよ。原始的で、特権的で」
「確かに、まったく前近代なことだ。……もういいか」
 サクヤはさっさとポケモンセンターに入っていった。キョウキもそれに随った。

 そこでサクヤは、正面から大男とぶつかった。
「……っ」
「うおっと、すまんすまん!」
 サクヤとぶつかったのは、金茶髪の髭面の大男である。ポケモン協会の腕章をつけたロフェッカは、キョウキやサクヤに気付かないかのように、慌ただしくポケモンセンターから出ていった。
 フシギダネを頭に乗せたキョウキが小さく首を傾げ、ゼニガメを抱えたサクヤは鬼の形相になる。
「ロフェッカ、だったね?」
「…………あの野郎…………」
「まあまあサクヤ、ロフェッカなんかに構うことないよ。ちょっと一休みして、午後からフロストケイブに行こう」
 キョウキは微笑みながら、酷いしかめっ面のサクヤの肩を押した。



 二人はフウジョのポケモンセンターで足を休め、温かい茶を飲み昼食をとった。
 サクヤはポケモンセンターのロビーでフロストケイブの大まかな地図を見つけ、凍り付いた岩の位置を調べてきた。
「洞窟に入って左の階段を上がり、川を渡って今度は階段を下った先だ」
「わかった」
 そしてキョウキとサクヤは午後、粉雪の舞い出したフウジョタウンを歩く。
 フシギダネは寒さが苦手であるので、いつもとは違ってキョウキの黒髪の上に直接乗り、フシギダネの上からキョウキは緑の被衣を被って雪を凌いだ。サクヤの腕の中のゼニガメも、寒さを嫌って甲羅の中にこもっている。
 二人が大きな石橋で川を渡ると、渡った先の川岸には雪が積もっていた。もう一本細い川を木橋で渡るとき、フロストケイブ内から流れ落ちる滝が、左手の方向にいくつも見えた。
 川面に淡雪が吸い込まれて見えなくなる。
 川岸には、雪を戴いた針葉樹林が広がっている。
 そしてさらに北東を見やれば、万年雪に固められた山脈が連なっている。
 フロストケイブは、その山の一つに穿たれた巨大な洞窟だ。氷タイプのポケモンの重要な生息地でもある。
 そして洞窟が見えてきたところで、キョウキとサクヤは立ち止まった。

 大男のロフェッカ、そしてコートを着込んだ老婦人、そして白いコートを身につけた少女。三人がフロストケイブの前に立ち尽くしていた。
 サクヤがひどく顔を顰める。
 しかしキョウキはのんびりと三人の方へ歩み寄った。三人に何か声をかけるつもりはなく、ただ本来の目的を達成するため洞窟に入ろうとしたのである。
 ところが三人の中のロフェッカは目ざとくキョウキを見つけ、声をかけた。
「おう、四つ子の」
 キョウキはほやほやとした笑みを浮かべた。
「やあ、ロフェッカ」
 ロフェッカにつられて、老婦人と少女がまた顔を上げる。
「あら」
 老婦人が、ゼニガメを抱えた青い領巾のサクヤを見つめ、どこか寂しげな微笑を浮かべる。
「……サクヤさん。またお会いできましたね」
「……ミホさん」
 サクヤは固い声で呟いた。すると、少女と手を繋いだミホはそれきり沈黙し、俯いてしまう。


 どうにもこの三人を無視できなさそうな雰囲気に、キョウキは微かに嘆息した。
「ロフェッカ、僕ら、用事があるんだけど」
「フロストケイブにかぁ?」
「そう。だから失礼するよ」
 そう淡泊に言いやって、キョウキは面倒を避けるべくロフェッカの隣をすり抜けた。
 サクヤもキョウキの後を追おうとしつつ、しかし後ろ髪を引かれるように、老婦人と、そして白いコートの少女を見つめる。
 ミホは、サクヤはヒャッコクシティで出会った老婦人だ。
 そして、老婦人の孫娘らしき白いコートの少女は。サクヤには、この少女もまた見覚えがあった。
 暗く寒い記憶が蘇る。
 この少女は、キリキザンに刃を突きつけられて泣いていた少女、アワユキの娘ではないか。
「サクヤ」
 キョウキが声をかける。サクヤは半ば混乱して、老婦人と少女を見比べていた。
――どういうことだ。
 以前、フロストケイブに来た時のことをサクヤは思い出す。あのときはポケモン協会員のルシェドウにうまい具合に丸め込まれて、行方不明になっていた女性トレーナーを捜していたのだ。そして見つけたのがアワユキというトレーナーと、その幼い娘。
 アワユキは自分の娘を人質にしたが、様々な経緯を経て、無事にアワユキは警察に連行され、アワユキの娘も保護された。
 そして、そのあと。
 アワユキは署内で自殺した、というニュースを見た。
 残されたアワユキの娘がどうするのか、サクヤは一瞬だけでも案じていたはずだ。
 そのアワユキの娘が、ミホと一緒にいる。
「サクヤ」
 キョウキが再び、サクヤの名を呼んだ。
「寒い。行こうよ」
 キョウキの声音は穏やかで緩やかだったが、暗に面倒事に巻き込まれたくないという意思を込めているのが片割れのサクヤには分かった。
 サクヤが混乱を振り切るようにミホをちらりと見やると、老婦人は沈痛な面持ちで少女を見つめていた。
 少女は、まっすぐにフロストケイブだけを見つめていた。
 サクヤが戸惑い、キョウキが立ち止まっていると、ロフェッカが口を開いた。
「あー、いいから、行けよガキども」
「――あたしもいく」
 幼い娘の声がした。
 白いコートの少女だ。
 黒髪を美しく切りそろえた色白の少女は、サクヤの顔をまっすぐに睨みつけていた。
「あたしもつれてって」
「リセちゃん……」
 ミホが困り果てたように、孫娘を宥める。
「いけませんよ、人様にご迷惑をおかけしては……」
「いや。うるさい。あたしもおかあさんのとこ、いくの」
「だめよリセちゃん!」
 ミホが悲鳴のような声を上げる。ミホは屈み込み、孫娘の肩をそっと抱いた。
「おばあちゃんが一緒よ。一緒に、ヒャッコクに行きましょう。ねえ、お願い、リセちゃん」
「いや」
 少女は祖母の手の中から駆け出し、サクヤに向かって突進した。
 リセ、という名らしい少女は、不貞腐れた様子でサクヤの袴にしがみつく。ロフェッカが苦笑し、ミホはすっかり狼狽し、キョウキは音もなく舌打ちし、サクヤは混乱していた。
 五人は雪の中、立ちつくしていた。


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